No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

2014年10月23日 銀座 かわむら


肉を口にした瞬間に素材そのものはもちろんだが、その料理の背景にいる料理人を強烈に感じさせるお店が2つある。
それが東の”かわむら”に西の”三芳”だ。
三芳”の店主・伊藤力さんの料理は究極の足し算。
伊藤さんが厳守した肉を活かし、引き立てる素材や調理法を積み上げ、天性のセンスでそれらをバランスよく仕上げる。
日本全国探しても、”三芳”でしか食べることのできない究極の肉割烹がそこにある。
一方、”かわむら”の店主・河村太郎さんの料理は究極の引き算。
河村さんの考える和牛の真髄である『喉越しと余韻』を最大限味わうために余計と考えられる物は全て削ぎ落とされる。
シンプルな料理に透明感のあるピュアな魂が宿るのだ。
カウンターに座る私に向かって『いつもの通りでよろしいですか?』と丁寧な口調で確認する河村さんに、私は『はい』と満面の笑みで応える。
私の”かわむら”でのオーダーは肉のみ。
前菜も鮑やサーモンに寄り道はしない。
"かわむら"の土台を全力で支えるヒレを使った前菜をいくつか出してもらう。
しっとりとした滑らかさに緩やかな余韻が残る。

スープは大量のヒレと極々少量の野菜から溢れ出たコンソメスープ。
長時間にぐつぐつと煮込んだのではないからだろうか、エグ味や雑味が一切感じられないピュアな味わい。

"かわむら"のヒレカツにも河村さんの魂は宿る。
これも雑味がなく、ただただ衣がヒレの旨みの輪郭を際立たせる。
不思議なのは、焼きよりも揚げたヒレカツの方があっさりとしているように感じさせること。


そしてヒレステーキ。
河村さんの引き算の結晶である。
塩胡椒等の下味は付けず、裸の状態でロースターに乗せられる分厚いヒレ
弱火でじっくりと、だが一定ではなくリズムを持ってヒレはゆっくりと最後の火が通るタイミングを待つ。
河村さんの耳に届く音が変わり、最後に一気に芯まで火が入る。
切り分けられた断面は、水分で満たされ、その艶やかなピンク色は河村さんしか成し得ない完璧な火入れの成功を表している。
一切れを舌に乗せれば、ほろほろと肉繊維はほどけ、旨みのジュースが溢れ出る。

和牛の旨さはヒレにあると断言する"かわむら"ではハンバーグもヒレだ。
包丁で細かくカットされたヒレが使用され、断面を割っても肉汁が溢れないのは肉の繊維がしっかりと生きているから。
ふわふわでヒレの食感と旨みが活きたハンバーグだ。

〆だけはヒレではなくサーロインを使用した牛丼。
分厚いサーロインでは重く感じるサシを薄切りのカットと醤油であっさりと食べやすくされている。


食後は河村さんといつもの肉談義。
私が焼肉屋さんのロースターで焼いた分厚いシャトーブリアンの写真を見ながらその寸表を聞き、和牛の旨いロースについて深く深く話し込む。
河村さんにかなり近づいたと勝手に思い上がっていたヒレの焼き。
自称全日本ヒレ焼き2位と誰もが認める1位との差はまだまだあった。
河村さんの感性にリスペクトするしかない。
次回は河村さんが旨いと思うロースですき焼きを食べさせてもらう。
このすき焼きの為に数ヶ月本業に励む。