No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

2015年12月16日 某店(中勢以)

神戸市西部市場開設50周年記念に行われた銘柄和牛共進会。
そこに出荷された田村さんの純但馬牛、44ヶ月の雌。
実はこの個体、以前生体の状態でも見ており、出荷の際には田村さんから連絡を頂いていた。
密かに11月に開催した「本気のBBQ」で食べることを狙っていたのだが、"中勢以"が競り落としたということでそれは諦めることに。
"中勢以"では約2か月の枝肉での熟成が行われる為、時期的にBBQには間に合わない。
また、成熟しきった個体への過剰な熟成は個体の良さを消え去ってしまうという思いがあった。

そんな個体を偶然にも"中勢以"で購入し、プロに焼いてもらう機会に遭遇。
恋い焦がれながら一度は諦めたにもかかわらず、こうしてもう一度出会うことが出来た奇跡にただただ感謝するしかない。
部位はウチモモ。
焼く前の香りはそれほど強くない。
それを焼くと熟成感が前面にしっかりと出てくる。
そして柔らかい。
しかしそれだけなのだ。
肉の味わいや旨みがほとんど残っていない。
これが44ヶ月の雌の純但馬血統の田村牛とは信じられない。
いや信じたくない。

この個体以外にも岡崎さんの40ヶ月雌のサーロイン、33ヶ月雌のリブも食べた。
感想は似たような感じで、肉本来の味や旨みがほとんど感じられず、サシが少ないにもかかわらず脂のくどさが口に残る。

"くいしんぼー山中"は鮮度を大事にしているので別だが、世の中の飲食店で扱っている牛肉のほとんどに熟成は行われている。
水分を飛ばしたり、柔らかさを出したり、味に深みを出したりすることが目的なのだろう。
だが、熟成肉をウリにしている飲食店には、過剰な熟成を施すところが多い。
数値を測定し、旨みの成分が○倍になったという触れ込みまである。
勉強のためにそういった熟成肉を何度も食べた。
しかし私が普段食べるような和牛より旨みがしっかりしたものには残念ながら出会ったことがない。
好みの分かれる熟成香は確かに強い。
しかし、肉の旨みが本当に感じられない。
そして脂がくどい。
熟成肉を否定したいのではない。
硬すぎたり、水分が多すぎたり、味も香りもないような牛肉を食べやすくすることはあるのだろう。
だが、成熟しきった個体の良さを更に引き立てるような熟成には出会ったことがなく、むしろこういった個体の良さが消え去ってしまうように感じる。
これはあくまで、私の今までの限られた経験でしかないのだが。
なんだかよく分からない文章を書いてしまったが、私の頭も混乱しているのだ。
言葉だけが独り歩きしてしまった状態で、これからどこに向かっていくのか。
私は和牛が大好きだ。
だからこそ、和牛の旨さを昇華させてくれる熟成を歓迎したい。
それは商売のために必要な単なるキーワードではない。