No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

焼ニシュラン【番外編】 -2016-

焼肉屋さんだけに絞った焼ニシュランから遅れること1年、2012年から番外編として焼肉屋さん以外の肉料理屋さんについて発表しているのが焼ニシュラン【番外編】。
焼ニシュラン同様に、2016年に食べた中で特にオススメ店のみをセレクトしてみた。
(諸注意)
・2016年に食べた物だけで判断しているため、どんなに良いお店であっても2016年に食べていなければここには載せていない。
・食べてはいても、たまたまハズレだった場合には載せていないし、逆もまた然り。
・最初に書いているが、あくまでも私個人の主観。
☆☆☆【このお店の存在自体が奇跡だと思う】
[神戸牛炉釜炭焼ステーキ IDEA 銀座]
私の知る限り、東京で最も上質な牛肉を仕入れているのが銀座の炉窯ステーキ”イデア”。
黒毛和牛の中でも純但馬血統の雌牛、更にその中でも信頼する肉屋さんが長年培った目利きでその日の最高の個体だけを競り落とす。
生産者を限定していないのだが、最高峰を選ぶと、自然に特定の生産者の個体が多くなるのも面白い。
巷で流行っているような熟成ではなく、適度に肉の状態が落ち着いた頃にお店に送られてくる肉のブロックは、しっとりと艶やかで、肉色が濃い。
そんな最高の牛肉を焼くのは、”あら皮”、”ドンナチュール”、”トロワフレーシュ”といった炉窯ステーキの名店を経験してきた菅井さん。
特注の大きな炉窯と対話するように肉に火を入れる。
“あら皮”の影響を強く受けているステーキは、特注の炉釜によって表面はカリッとしていながら、その数ミリ下からはビロードの様な肉肌が姿を見せる。
もちろん中心までしっかりと炉釜の熱は届いている。
ステーキを噛み締めれば、その個体の持つポテンシャルが花を咲かせ、香りが鼻腔をくすぐり、旨みが舌を包み込む。
また、正肉以外にも炉窯で焼いた黒タンのプルンプルンとした食感は規格外で、焼肉では決して体験することのできない域に達している。
他では真似のできない仕入れ、円熟味を増してきている菅井さんの火入れ、停滞することのない進化を常に体感し続けていたい。

[三田牛竈炭火焼 ウェスタ]
東京をはじめ、全国的に増えてきている炉窯ステーキ。
本物志向のお客さんが増えれば、自然と増えてくるのも頷ける。
かつて炉窯ステーキと言えば”あら皮”の専売特許みたいなものだったが、”ドンナチュール”のオープンを皮切りに、炉窯を搭載したステーキ屋さんがどんどん増えてきた。
炉窯のステーキ屋さんと言っても、焼き手によって焼き方が違ったり、炉窯自体の癖による違い、また扱う肉の方向性が全然違ったりして、お店が増えても食べる側には楽しみが増える一方だ。
そして、2015年に“哥利歐”のスタッフ数名が新天地としてオープンさせたのが”ウェスタ”も2年目に突入。
扱う肉は”あわ皮”と同じように三田牛の中でも生産者を絞ったもので、三田まで直接足を運び仕入れることが出来るようになったというだけあり、間違いなく旨い。
さらに2016年の年末にはとんでもない個体を仕入れていた。
それが第59回三田市肉牛共進会の名誉賞の個体。
名誉賞、つまり2016年に出荷された三田牛の中の最高峰、No.1の個体。
今後、本家である”あら皮”を超える存在になるか、食べながら見続けていきたい。

[にくの匠 三芳]
和牛はその名の通り、『和』の食材。
その『和』の食材を昇華させるのが日本料理であるはず。
そして日本料理という枠組みの中でこれほどまでに和牛を昇華させるお店は全国を探しても”三芳”以外にないだろう。
祇園の八坂神社のほど近く。
伝統ある歴史と格式を感じさせる祇園の街並みに溶け込んだ店構え。
白地に"三芳"と染め抜かれた暖簾をくぐると、そこには伝統と革新を融合させた『肉の桃源郷』が存在している。
店内はカウンターとテーブル席があるができることならカウンターに陣取り、店主の伊藤さんの手際の良い仕事振りを目の前で楽しむことをオススメしたい。
割烹らしく丁寧な仕込みをされた素材がお皿の上で芸術品に変貌していく様に嫌でもテンションが上がる。
日本料理の世界を覗いてみると魚に比べて肉へのアプローチはかなり限定的なようだが、伊藤さんの手から生み出される肉料理はどれもしっかりした和食のテクニックを踏襲しながら食べ手の予期せぬサプライズが織り込まれている。
例えば、タンの昆布締めはタンの水分が昆布に吸われ身が締まり昆布の旨みが見事に乗せられている上に、香りが際立つ温度まで絶妙な仕上がり。
脂の乗ったタン元は西京漬けで和を強調し、熟成されたリブロースには特性の割下と白トリフといった洋のアプローチが加えられる。
その発想に驚かされたのが、牛肉が入ってないのに牛肉が感じられる海老芋のコロッケで、なんと自家製のヘッド(牛脂)で揚げて牛肉の風味を乗せているのだ。
またお皿の上には極められた美の世界が盛り込まれ、味だけではなく、見た目でも心から満足できる。
まさに牛肉を扱わせたら日本最高の職人といっても過言ではない。
そんな最高峰の職人が扱う素材は日々進化している。
最近では純但馬血統の雌牛の中でも長期肥育された最高級の個体ばかりが鎮座し、心技体の全てのバランスがとれたように見える。
最近は牛肉を扱った割烹系のお店も増えつつあるが、圧倒的に他のお店とは一線を画す。
決して安い価格ではないが、その素材と技術を考えれば間違いなく高くはない。
このお店を訪れるためだけに新幹線で京都に向かう価値がある。

[くいしんぼー山中]
牛肉の世界にハマり始めた頃、雑誌やテレビ、ネットの情報を重宝し、それらを盲目的に信じていたかもしれない。
そして欲望の赴くままに食べて食べて食べ込むにつれて、それらの作り込まれた情報がほとんど必要なくなった。
膨大に溢れている情報の中に僅かに混じる本当に必要な情報だけを拾い上げるだけだ。
溢れた情報に溺れない為には最低限知っているべきことがある。
食は結局のところ好み。
好みは千差万別。
唯一無二の正解など存在しない。
だからこそ、溢れる情報を鵜呑みにするだけでなく、様々なことを知った上で自分の好みで選んで欲しい。
そして私の牛肉人生の中で最も衝撃的だったのが”くいしんぼー山中”との出会い。
今まで食べ込むことで出来上がった概念が一度に全て崩れ去った。
それほど今まで食べてきた牛肉と違う。
全くの別物だった。
店主・山中さんが牛肉に大事だとおっしゃるのは『照りと粘り』。
それらを併せ持つ牛肉は福永さんが肥育する近江牛
兵庫県産但馬牛を素牛とし、特に美方郡産を中心に肥育を行っている。
月齢はそのほとんどが38ヶ月位で、もちろん全て未経産の雌牛のみだ。
そして味を追求した結果、一切のビタミンコントロールを行わない。
福永さんの近江牛はセリに出ることがなく、山中さんの元に送られる。
高値で競り落とされる様にサシを入れる必要がないのだ。
だからと言ってサシが不要なわけではない。
ビタミンAを欠乏させることなく、じっくりと手間暇をかけて飼い込んだ牛であるという条件の下、サシは無いよりもあった方が旨いと言う。
福永さんがここまで拘れるのは山中さんあってのものであろうし、山中さんが理想とする牛肉を扱えるのは福永さんあってのものだろう。
ここまでの関係が構築できて、初めてこの奇跡の牛肉が食べれるのだ。
そしてこれほどの牛肉であればこそ、鮮度が良ければ良いほど旨い。
屠畜して冷蔵庫で冷やし、カットを行い、それを発送するという工程を踏まえると、最も鮮度が良い状態で食べれるのが屠畜2日後。
肉運が強い人であれば、この屠畜2日後に出会えるかもしれない。
また、良い牛肉を表現する言葉として昔から『小豆色』という言葉が使われるが、今までこれ以上の小豆色は見たことがない。
肉の断面は空気に触れることで鮮やかな色合いに変化するのは承知しているが、それを考慮しても今まで見たこともないような深い小豆色の肉肌なのだ。
そして本来であれば判の大きなリブロースであっても、惚れ惚れするような判の小ささ。
とにかく"くいしんぼー山中"で非日常の牛肉をとことん食べみて欲しい。
間違いなく今までの牛肉観が変わるはずだ。

☆☆【一度でも食べれば完全にお店の虜になってしまう】
[トロワフレーシュ]
"あら皮"の影響を強く受けた森地さんが”ドンナチュール”を経て立ち上げたのが"トロワフレーシュ"。
スタイルは"ドンナチュール"に似ている。
"あら皮"の様に生産者を絞っているわけではなく、その時々で国内最高峰の目利きが選んだ最高の雌の黒毛和牛を仕入れている。
また赤身の強い牛肉が好きな人の為には厳選した短角牛、熟成肉が好きな人の為に熟成させた和牛まで取り揃えている。
これら最高の素材を引き立てるのも特製の炉窯の威力だろう。
料理長である橋山さんが火入れする黒毛和牛のヒレとサーロインは、色々食べ比べてもやはり感動してしまう。
どちらもその分厚さを感じさせない食感と旨みの濃さがある。
また炉窯ならではなのか、牛肉の芳醇な香りが炉窯から出された瞬間から感じられる。
そして炉窯の扱いに関してもとにかく研究熱心で、焼きの理想型の一つとして完成しているのではなかろうか。
また提供されるお皿の上の内容を考えるとそのCPの良さも最高峰と言える。
こういった高級と呼ばれるステーキを食べ慣れているほど、その素晴らしさに気付くだろう。

[ヴィティス]
高級ステーキの代名詞である炉窯ステーキ。
昔は炉窯ステーキと言えば”あら皮”であったが、最近は銀座を中心に炉窯ステーキのお店が増えてきている。
ちなみに“vitis”は中目黒にあり、炉窯ステーキを身近に感じてもらうためかなり手頃な価格設定になっている。
結城さんは“あら皮”の姉妹店である“哥利歐”で過去に7年半腕を磨いたオーナーシェフで、結城さんが焼き上げるステーキは“あら皮”譲りの正統派。
メニューはコース1本のみ。
日によって内容は変わるが、"あら皮"の名残を強く感じさせてくれるのはやはりスモークサーモンとコンソメスープ。
そして私が訪問した後に扱う牛肉が、田村牛をはじめとした長期肥育の雌牛のみになったそうだ。
早くその変化を体感し、味わう為に再訪したくて仕方ない。
結城さんの炉窯ステーキの裾野を広げる為の啓蒙活動故。
ぜひ本物をここで知って欲しい。

[ひらやま]
“ひらやま”の店主・平山さんは”かわむら”の河村さんの”ゆたか”時代の弟弟子で、約2年ほど一緒に働いていたという。
そのスタイルはやはり”ゆたか”の影響が強く、ヒレを贅沢に使った料理が多い。
そして、平山さんが好む好まぬに関係なく、”ゆたか”というより”かわむら”と比較されがちなのではないだろうか。
私の勝手な想像だが、日本一の予約の取れないステーキ屋”かわむら”と日々比較される事は、平山さんを良い意味で刺激になっていたのではないだろうか。
何故なら2013年に初めて訪問した時と比べて素材、火入れ、バリエーション、全てが格段に進化していた。
ヒレという素材に限って言えば、”かわむら”よりの肉本来の味がしっかりしたものになっている。
ただし、火入れという観点で見れば、河村さんにまだ軍配が上がるのは否定できない。
結局は好みの問題で、私はどちらも大好き過ぎる。
ヒレ好きであれば、平山さん作り出すヒレ尽くしのコースを必ず食べるべき。

[銀座 うかい亭]
“うかい亭”以外の鉄板焼きに行きたい、と思わなくなってから何年経つだろうか。
何故”うかい亭”だけが違うのか。
色々考えたが、答えは「クオリティ」に行き着く。
扱う牛肉、それを焼き技術、他の食材との組み合わせ、全てのクオリティが他の鉄板焼きでは体験したことのないレベルにある。
分厚いステーキを焼く最上の方法というと炭火というのを思い出しがちだが、鉄板による火入れは炭火にはない良さが詰まっている。
内部までじっくりと熱を伝えることができ、焼きムラ無くカリッと仕上がる。
“うかい亭”のステーキに、油っぽいイメージは皆無だ。
私が生れて初めて震える程感動した食べ物は、20年近く前に”うかい亭”で出会った田村牛。
それから色々な焼き手にお世話になったが、今でもそん当時の焼き手が一番のお気に入りでお世話になっている。
鉄板焼きの真髄を味わうのであれば”うかい亭”しか思いつかない。

☆【自分だけでこの感動を味わっていいのだろうか】
[平]
一言で言えば場末のスナックそのまま。
一見で入り口の戸を開くのは相当な勇気が必要だろう。
スナックの居抜きそのままという店内はカウンターのみで、隣のスナックのカラオケの音まで漏れてくるほどだ。
経験者以外で、まさかここで極上のステーキが食べれるとは誰も想像もできないだろう。
しかし、そこで出されるお肉は、都内の高級店であれば倍以上もするような極上品ばかり。
それを店主・目崎さんが炭火で完璧に焼き上げてくれるのだ。
場末のスナックで輝く本物の和牛ステーキ。
このギャップが何とも堪らない。

[ボニュ]
和牛と呼ばれる品種には黒毛和種褐毛和種、短角和種、無角和種の4種類があるが、これらは全て日本古来の在来種に品種改良として多かれ少なかれ外国の品種の血が混じっている。
そんな中、外国の品種の血が一切混じっていない純血種として有名なのが見島牛であり、現在は天然記念物に指定されており、基本的には去勢された雄牛が年に数頭出荷される。
そんな見島牛を食べさせてくれたのが、「美食の王様」こと来栖けいさんが2015年にオープンさせた”ボニュ”。
基本的には食べれる見島牛は去勢だが、稀に子供を産めなくなりお役目を終えた経産牛や不妊の未経産牛まで食べれることがある。
焼き方にも拘りが強く、ボニュ焼きの仕上がりは表面がパリッとしていながら、中は見事なレアという素晴らしさだ。

[ビーフステーキの店 ひよこ]
道路に面してホッタテ小屋の様な建物。
お店の前には”ひよこ”と書かれた看板。
そう、これがあの”ひよこ”である。
店内はカウンターのみで、詰めて座って7人位が限界の広さ。
壁には高倉健と一緒に撮った店主・林さんの写真が飾られいて、隣にはその存在を知らなければ到底気付きようがないほど小さな字でメニューが書かれている。
とは言ってもメニューはヒレステーキ1本なので、オーダーを取ることもなく林さんは肉を焼き始める。
お店の外観と言い、デフォルトのヒレと言い、”きみや”を思い出してしまうのは私だけではないはずだ。
ちなみに”きみや”のデフォルト400gに対して、”ひよこ”のデフォルトは300gなので、こちらの方が若干敷居が低いかもしれない。
当たり前だが”ひよこ”は面白いだけのお店ではない。
オリジナリティのあるステーキは”ひよこ”でしか食べられない特別なもの。
黒毛和牛のヒレを厚みをもたせてカットし、サラダ油で3〜4日マリネする。
焼き台は鉄板で、手際よく焼かれたヒレステーキはミディアムレア程度。
そこにたっぷりとかけられるのが特製の和風ソースで、ヒレステーキを食べ終わった後に飲みたくなってしまうほど旨い。
サラダ油でマリネされていたが、油っぽさはなく、タレと絡んだヒレは何とも言えない旨さを教えてくれる。
あまりの旨さに300gでは全然足りないと感じてしまうほど一瞬で食べ終わってしまう。
ちなみにお店に入ってからお会計を済ませるまで約25分。
このスタイルを貫き通して50年以上。
オンリーワンを築き上げた林さんにリスペクト。