No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

2015年6月8日 くいしんぼー山中

外国産牛肉の輸入自由化の頃から、元々霜降りの入りやすかった黒毛和牛は、価格の安い外国産牛肉との差別化を図り、多くの生産者が更なる霜降りの追求一辺倒に走ってきた。
「A5」といった霜降りの状態を示す格付けだけを盲目的に信仰する流れもあった。
脂の質、肉の味を無視した霜降り信仰は、結果として脂がしつこく、肉の味がない、決して旨いとは言えない黒毛和牛を生み出してしまった。
その結果、赤身ブームに熟成ブーム。
消費者は脂のしつこさがない牛肉へ流れていった。
高く売れる故の霜降り信仰、脂の質を無視した赤身偏重。
色々な関係者から怒られるであろうが、非常に安易な流れだとしか思えない。
そして、現在起こりつつある新たな流れもある。
TPP、輸出、口蹄疫原発の影響による頭数の減少等により枝肉価格が非常に高騰している。
しかも飼料価格や子牛価格も高騰により、肥育コストが上昇しているのだ。
これにより何が起こるか!?
より安い飼料への転換、出荷時期の更なる早期化、、、
以前ほど手間暇やコストをかけなくても、枝肉は高く売れやすくなってきている。
経営の苦しい農家さんの中には、こういった流れに乗ってしまう方が出てくるだろう。
拘って正直に取り組んでいる農家さんの枝肉に対して、適正な価格がつかなければ、そんな農家さんが損をしてしまう。
そして、最後は旨い牛肉が減り、価格だけが上昇してしまうのだ。
これからの牛肉業界は激変の時代だろう。
しかし、この危機を乗り越える為の答えの一つを知っている方々がいる。
それが"くいしんぼー山中"の店主・山中さんと、山中さんが使う近江牛を肥育・販売してる福永さんだ。
福永さんはご兄弟で、お兄さんが"福永喜三郎商店"という精肉店、弟さんが"マルキ牧場"で牛を肥育している。
兵庫県産但馬牛の中でも美方地方を中心に子牛をセリ落とし、月齢38か月を目安に肥育している。
福永さんの肥育した牛は、一切にセリに出ない。
その屠畜後は"福永喜三郎商店"で販売されるか、ほとんどが"くいしんぼー山中"に送られる。
セリに出さないという事は、価格に影響しやすい霜降りのを無理に入れる必要がない。
ビタミンコントロールを一切せず、とにかく味の良さだけを追求しているのだ。
『照りあり、艶あり、粘りあり。
粘りとは肉の力。肉自身の力。
深い深い小豆色。
濃い色とはちがう、いわゆる小豆色。
サシはあるにこしたことはないが、なければなくてそれもよい。
サシは二の次、三の次。
個々の持つ能力に委ねるしかない。
自然の流れに手を加えるな。
牛を信じる。牛を敬う。
そうすれば、きっと恩返ししてくれる。』
"福永喜三郎商店"にある言葉だが、これが全てを物語っている。
そして福永さんが拘り続けてこれたのは、二人三脚(三人四脚?)で福永さんの牛を買い続けてきてくれた山中さんのおかげだろう。
山中さんあっての福永さんであり、福永さんあっての山中さんなのだ。
全国の飲食店、精肉店、仲卸問屋、牧場など、全ての食肉関係者は、福永さんの近江牛を"くいしんぼー山中"で、少なくとも一度は食べてもらいたい。
必ず何か感じる物があるはずだ。
私は初めて食べた瞬間に電気が流れたような衝撃を受けた。
繰り返すが、ここにこそ和牛業界の未来を明るくする答えの一つがある。

書き出したら止まらずに、非常に長くなってしまったが、そろそろ今回食べた牛肉について感想を。
とにかくあまりに衝撃的過ぎて、書きたいことが多過ぎるのだ。
スライスステーキ
これぞ小豆色と呼ぶに相応しいサーロインの塊に包丁が入る。
薄めにカットされたサーロインをさっと炙り、すぐに冷水でしめる。
肉が舌に触れるやいなや襲われる甘みと旨み。
「照りと粘り」という言葉がよく分かる滑らかさにも気持ちが高揚する。
ほぼほぼ素材のクオリティが全てというメニューだからこそ、この肉が活きている。
満足度 5+





冷製コンソメスープ
雑味のない肉を液体にしたようなコンソメスープが存在する。
東に"かわむら"、西に"くいしんぼー山中"だ。
好みは分かれるが、コンソメスープから放たれる肉の味という切り口で言えば"くいしんぼー山中"のそれは日本一だ。
満足度 5


サーロインステーキ
小豆色の塊から切り出されたサーロインは厚切りだが、炉窯のステーキ屋さんで見かける程の分厚さはない。
包丁やピンセットを使い、丁寧に筋や血管を取り除く。
鉄板に乗せ、塩胡椒を振し、隠し味程度に醤油も少々。
特別な技法などどこにも見当たらない。
一般的な鉄板焼きだ。
しかし、一切れ肉片を食べれば、その類稀な肉の旨さに汗が噴き出す。
熟成をほとんどさせない肉は硬さではなく、ぷりっとした弾力があり、奥歯で押しつぶせば弾けるように強烈な肉の旨みが溢れ出す。
どこか昔ながらのステーキだが、厚さや塩胡椒など、全てが最善のバランスで組み立てられていて、信じられない程旨い。
満足度 5++






ヒレカツ
細かなサシ、鮮やかなピンク色、太く立派な判。
一般的に見栄えがするお肉とはこういった物だろうか。
福永さんのヒレはサシがほとんどなく、小豆色、そして小さな判。
普通の人からすると全くそそられない姿かもしれないが、食べた瞬間にその真価が分かるだろう。
柔らかく適度な弾力を持つ肉繊維に、ヒレとは思えないほど濃厚な肉の味。
ほとんどの日本人が知らない昔ながらの究極のヒレがここにある。
そのヒレから作られるヒレカツを食べれば感嘆の声が漏れる。
肉の旨さに加えて、香ばしく軽い衣、そしてデミグラスソース。
そのどれもが高次元で融合したヒレカツは最後の晩餐にしたいと思うほど。
満足度 5++



ハンバーグ
ハンバーグの醍醐味とは何だろうか!?
溢れる肉汁?柔らかさ?
一番の肝はしっかりと肉の味がするか?ということだ。
福永さんの肉100%で作られたハンバーグは、ふわふわとしているが、脂っぽさは微塵もなく、とにかく肉そのもの味が良い。
加えて卵やデミグラスソースとの相性も抜群なのだから、日本一のハンバーグと言う地位は揺るぎない。
満足度 5

山中さんは肉の鮮度を大事にし、新しければ新しいほど良いと言う。
特に屠畜2日後に食べたことのあるヒレやランジリは衝撃以外の何物でもない。
味のない肉を熟成させて食べる世界とは違う。
成熟しきった牛そのものを味わう。
"くいしんぼー山中"を知らずして、牛肉を極めることは出来ない。