No Meat, No Life.

横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。

焼ニシュラン -2016-

ミシュラン東京ガイド2008(2007年11月出版)から遅れること約4年、2011年から年に1度公表している『焼ニシュラン』。
1年間とにかく食べまくった中で、私個人の独断と偏見で書かせていただいた。
世界中の誰よりも牛肉を愛し食べ込んできたと勝手に思い込んでいるのだが、食べて食べて食べ込むことで感じる事や発見する事があるようが気がする。
今年も1年間食べた焼肉店の中で、印象の悪かったお店ではなく、忘れることの出来ない特筆すべき素晴らしいお店だけを選んでみた。
(諸注意)
・2016年に食べた物だけで判断しているため、どんなに良いお店であっても2016年に食べていなければここには載せていない。
・食べてはいても、たまたまハズレだった場合には載せていないし、逆もまた然り。
・最初に書いているが、あくまでも私個人の主観。
☆☆☆【このお店の存在自体が奇跡だと思う】
[よろにく]
焼肉屋のメニューと言えばカルビにロース、モミダレで揉み込まれた牛肉を一気に七輪で焼いていた時代から、今の焼肉業界は飛躍的な進化を遂げた。
希少部位が脚光を浴び、今まで鉄板焼きや老舗のすき焼きでしかお目にかかれなかったような長期肥育の雌牛やブランド牛、更に日本料理や洋食の技法を取り入れた肉料理の数々。
それらを全てを高い次元で融合し、計算し尽くされたコース料理として完成させたのが”よろにく”だろう。
まさに時代の寵児と言って過言でない。
肉は老舗の仲卸である日山畜産から月齢30ヶ月以上の長期肥育を中心とした雌の黒毛和牛のみを仕入れるが、時には兵庫県の純但馬血統の神戸ビーフ近江牛などを仕入れ、素材への追求心がずば抜けている。
また、単に素材の質に頼るのではなく、厳選した素材のポテンシャルを最大限活かすよう、個体や部位にあわせてカットや味付けを微調整している。
アラカルトで食べたいものだけを選べば、雌牛特有の脂の滑らかさと赤身の深い味わいに驚く。
また、単にその部位を味わうのではなく、その部位の特徴がよりくっきりと浮き出るようなカットや味付けの工夫がなされている。
通常のコースを選ぶと、巷で散見されるような不必要なおまけが色々付いただけの名ばかりのコースではなく、前菜からデザート、そしてご飯のタイミングと量など焼肉を最大限味わう為に計算し尽くされた流れと配分に五感が刺激される。
アラカルトで食べる焼肉から、食後の満足度を2ステップくらい上げてくれるのが”よろにく”の通常コースだ。
更にこの通常のコースを進化させたお任せコースは、肉割烹さながら多彩な肉料理が織り交ぜられた至高のコースと言える。
最近では牛肉に他の素材をあわせたり、色々な料理法で食べさせてくれるお店が増えたが、その完成度には首をかしげる物が多く、”よろにく”と比較してしまうと何とも悲しくなる場合がある。
この“よろにく”の「創造性」と「完成度」を支えているのは代表であるVANNEさんの探究心に尽きる。
VANNEさんの気持ちが続く限り、不動の絶対王者を脅かす存在は現れないだろう。

[くにもと 本店/新館]
日本人はピュアなものに弱い。
例えば、肉質が良ければ良いほど塩で食べることを至上とする。
確かにその通りと感じる部分はあるのだが、こと焼肉に関して私の意見は違う。
焼肉を突き詰めると最終的にはタレに行き着く。
塩で違った部位を食べ続けると違いが分かりにくくなってくる。
塩で食べるなら焼肉のような薄切りよりもステーキのような厚切りで食べる方が適しているだろう。
確かに技術のないお店のタレは肉の味を消し去る。
しかし”くにもと”のようなお店のタレは、肉の味をより際立たせてくれる。
個人的に日本一旨い焼肉のタレは”くにもと”だと思っている。
方向性の違うモミダレとツケダレの絶妙なバランス、和牛の旨みをより引き立てる酸味と甘みのバランス、肉にタレを吸わせる仕込。
私が焼肉に求める究極の姿が”くにもと”にある。
だからこそ”くにもと”のタレにあわせる牛肉は最高でなくてはならない。
昔、私が”くにもと”にハマり出した頃は淡路牛がメインであったが、納得のいく淡路牛の入手が難しくなってしまったことで近年は他の黒毛和牛が使用されていた。
ところがここ最近の”くにもと”で食べる黒毛和牛が本当に旨い。
かつての淡路牛時代を超え、今が過去最高の状態なのだ。
この最高の牛肉を活かす最高のタレ。
焼肉の真髄は”くにもと”にある。
ちなみに本店と新館をご兄弟でやられているが、どちらもタレのレシピは同じなのだが、食べみると微妙に味が違うように感じてしまう。
また、カットは職人さんの自己主張であり、そこは本店と新館はかなり違う。
両店に通って自分の好みを見つけるのも楽しいだろう。
私は甲乙つけがたく、両店に通って違いを楽しんでいる。

[ゆうじ]
“ゆうじ”の凄さを語る場合、素材の良さは言うまでもなく、その素材を料理する技術に尽きると思う。
手間隙を惜しまない丁寧な仕込み、素材のポテンシャルを最高潮に引き出す研究し尽くしたカット、そして他のお店と一線を画す見事な味付け。
"ゆうじ"のホルモンは、素材そのものの鮮度を含めた質の高さはもちろん、丁寧な下処理で臭みなど一切感じられず、食感と瑞々しさが際立っている。
また、その味付けもバリエーションが豊富で、塩やタレだけでも数種類のパターンがあるのも魅力の一つだ。
例えば塩ホルモンであれば、普通当たり前の様に使われている胡麻油やニンニクが入っておらず、味付けは塩のみ。
食べれば食べる程に、その部位ごとに違うホルモン本来の旨みの虜になっていく。
塩しか振っていないにもかかわらず、全く臭みを感じさせないホルモン。
如何に鮮度に拘り、そして地味な下処理を丁寧にやり込んでいるかは明白だ。
ホルモン焼きの原点回帰かもしれないが、実はこれが最先端なのかもしれない。
素材と正直に向かい合った料理人だけが提供できる塩ホルモン。
また、ホルモン屋のイメージが強い”ゆうじ”だが、実は正肉が異常に旨い。
火を入れると立ち昇る和牛特有の香り、口の中でしっかりと主張する肉の旨み。
妥協なき仕入れはホルモンだけでなく、正肉まで最高峰を入れているのだ。
今までの焼肉屋の範疇を完全に超えた”ゆうじ”の料理は、焼肉というものが日本料理と張り合えるジャンルになれるという可能性を見せてくれる。
本物の料理人がホルモンや正肉を扱うとこういった料理が完成するという姿が私をより焼肉の世界に引き込んでくれる。
素材を大事にし、胃袋と心に染み渡る料理は、食べる者の心と胃袋を鷲掴みにする。

☆☆【一度でも食べれば完全にお店の虜になってしまう】
[炭火焼肉 なかはら]
都内の焼肉屋の中で”なかはら”ほど仕入れる牛肉の質にこだわったお店はあるだろうか。
扱うのは長期肥育された雌牛の中でも赤身の味と脂の質を店主である中原さんが吟味したもので、全国の焼肉屋さんの中でもトップレベルの肉質だ。
一切の妥協を捨て、これと思った個体を競り落とし、水分が程よく抜け旨みが凝縮する絶妙な状態まで寝かせる。
一部で値段が高いと聞いたことがあるが、素材を考えれば決して高くなく、むしろ良心的な値段設定であることは、色々なお店で食べ込んでいる人ほど感じるだろう。
“なかはら”の特徴はとにかく極限まで拘ること。
仕入れる牛肉はもちろん、それ以外の拘りも凄まじい。
乾燥や酸化を嫌い、切り置きを一切せず、注文ごとに手際よく牛肉に包丁を入れるのだが、そのリズミカルでスピーディーな動き、食感を最大限活かすための大胆で贅沢な掃除は誰にも真似が出来ない。
中原さんとの会話で忘れられない言葉がある。
「もっと小豆色の肉を切りたい」
今でも十二分に拘っているのに、更に上を見ているのだ。
そして、常連と一見といった分け隔てがなく、全てのお客さんに最高の焼肉を食べてもらいたいという中原さんの気概と愚直な姿勢にはただただ頭が下がる。

[ジャンボ 篠崎本店/本郷店/はなれ/白金店]
他のお店を模倣するお店が溢れる焼肉業界にあって、オリジナリティの塊と言えるのが”ジャンボ”。
ブランドにこだわらず、常に上質なお肉を仕入れ、絶妙なカット、そして鉄板の上で煮詰まることで旨みを増す秘伝のタレで食べる。
“ジャンボ”がなければ、希少部位ブームや薄切りをさっと焼く今主流のスタイルは発生しなかったかもしれない。
それほど”ジャンボ”が今の焼肉業界に与えた影響がデカい。
驚かされるのが、これほどの存在になっても進化の歩みを止めないのだ。
そして通えば通うほど、常連でも驚かされるメニューが次々と繰り出される。
しかも、その全ての完成度が高い。
"ジャンボ"の凄さは店舗ごとのオリジナリティでもある。
それぞれの店舗で完成された独特の世界が出来上がっている。
その全てを回るのも楽しみである。

[Cossott’e SP/弦巻店]
他業種から焼肉業界に飛び込み、”ら・ぼうふ”を超人気店に育て上げ、そこから独立し”コソット”を作り上げたのが込山さんである。
“ら・ぼうふ”を離れてから立ち上げた”コソット”にはカウンターがあり、込山さんの目の前のカウンターはさながらライブの最前列のようで、手際よく牛肉を調理する姿に最高潮の興奮と感動に包み込まれる。
込山さんが扱う素材も凄い。
芝浦で最も上物を扱う仲卸”吉澤畜産”から1頭丸々仕入れるのは熟練の目利きが競り落とした極上の雌牛。
研究熱心な込山さんは、メジャーな部位であるサーロインやヒレはもちろん、焼肉屋ではまずお目にかかれない外モモやスネといった部位まで驚くほど食べやすく、そして最高の美味しく仕上げてくれる。
素材の味をシンプルに味わうものもあれば、塩麹に漬けたり、細かな隠し包丁を駆使することで一般的には硬くてミンチにするような部位も驚くほどの味わいに昇華する。
そんな込山さんは諸事情により2016年1月末で”コソット”を離れてしまった。
そして麻布十番のSPを仕切るのが伊藤さん、弦巻店を仕切るのが茅森さん。
どちらも込山イズムを引き継いだ素晴らしい店主である。
それぞれが違った個性を発揮しながら”コソット”を込山さん時代よりも進化させようとしている。
だからこそ通い続けたくなるのだ。

[代官山 かねこ]
独立2年目。
店主の金子さんは“くにもと”の本店で5年、新館で3年修行を積んだ本物の職人と言える。
代官山の路地裏にテーブルたった4つの小さなお店をオープンしたのが2015年。
一緒に”くにもと”で働いていた奥さんと二人三脚でお店を切り盛りしている。
タレは”くにもと”と同じ最高の物だが、金子さんが”くにもと”時代はタレを仕込んでいたことを考えればそれは当然。
扱う牛肉は田村牛をはじめとした長期肥育の雌牛を中心に但馬血統の個体も入る。
最高の素材を更に際立たせる技術によって、最高峰の焼肉が作り上げられている。

[しみず]
"しみず"ほど1年ごとに目に見える進化があるお店も少ない。
初めて行った時の印象はとにかく安いということ。
しばらく間を置いてから行った2回目の訪問から印象が変わり、そこから頻繁に通っている。
肉質はどんどん上がり、今では田村牛を中心に川岸さんの神戸ビーフまで、日によって楽しむことができる。
更に肩のパーツだけだった仕入れもサーロインやモモ系など、部位のバリエーションも一気に増えた。
また、タレもまろやかに改良され、肉の味を引き立てるものへと変貌した。
焼肉屋で”しみず”と同等の肉を仕入れているお店は数えるほどしかないが、”しみず”と同等の価格で提供しているお店は1つもない。
素材だけでなく、タレといった焼肉には欠かせないアイテムも日々進化している。
これから益々目が離せない名店へと進化を遂げるだろう。

[和牛焼肉 KIM]
“キム”には何度か通うとオーダーできるお任せコースがある。
もちろんアラカルトや普通のコースも旨いのだが、このお任せコースにこそ”キム”の真骨頂が発揮される。
洋食の経験が深い料理長・吉田さんが時間を惜しまず仕込んでくるメニューは多彩で、ハンバーガーであればバンズまで手作りだし、フォアグラが中に入ったハンバーグやじっくりと煮込まれたビーフシチュー、饂飩は手打ち、さらに刀削麺まで手作り。
お客さんに喜んでもらいたいという吉田さんの気持ちのこもったお任せコースを食べたことがない人は、ぜひオーダーできるまで通ってみて欲しい。

[名門]
まず最初に謝っておきたい。
誰でもこの絶倫コースが食べれるわけではない。
常連さんだけがこの絶倫コースを頼めるのだ。
しかも常連さんにも何段階かあり、その日一番の常連さんの席に店主・ヤッキー中村さん(以後、ヤッキー)が付き、お肉も最も良い場所が運ばれる。
そう、”名門”には完全なる焼肉カースト制度が設けられている。
我々お客はこの焼肉カースト制度の前では無力。
全てはヤッキー次第なのだ。
焼肉業界に限らず、飲食業界全体を見渡しても”名門”店主・ヤッキーほどのエンターテイメント性に優れた人物はいないだろう。
その接客はもはや芸の域に達し、有名なワサビの歌をはじめ、お客さんを楽しませる術は多岐にわたる。
巷では「ヤッキーは接客だけでもお金が取れる」と言われているが、私個人としても全く異論はない。
それほど素晴らしいディナーショーなのだ。
またおちゃらけているだけのようで、実はヤッキーは肉について相当研究してて詳しい。
焼肉屋さんが肉について詳しい」なんて当たり前と考える方が多いかもしれないが、私は焼肉屋さんと話していてこんな風に感じることは滅多にない。
実は裏でとんでもない努力を積み上げてきているということに感動せずにはいられない。
もちろん凄いのは接客だけではない。
ヤッキー自らの絶倫コースに組み込まれる素材は全てが厳選された物だけ。
特にホルモンに関しては、ほんの一握りの一番良いところだけを抜き取ってくれるのだ。
内臓業者から仕入れる段階で厳選しているが、『絶倫コース』に登場するのは、その中でもほんの一握りしか確保できない最上級部分。
宝石のように艶やかな内臓だけが運ばれてくる。
『絶倫コース』は常連さんだけがオーダーでき、そうでない人は横から楽しそうなテーブルを指を咥えながら眺めることしかできない。
私は超のつく常連さんに連れて行ってもらったが、ぜひ常連さんを見つけて連れて行ってもらうことをオススメしたい。

[スタミナ苑]
焼肉と言えば安い肉をタレで揉み込んで食べるのが一般的だった時代に、鮮度と品質に拘った焼肉を提供し、当時の総理大臣まで並んで食べたという話まで広がった日本一有名な焼肉屋さんが”スタミナ苑”。
諸説ある焼肉史だが、第一次革命を起こしたのは”スタミナ苑”で間違いないであろう。
そして”ジャンボ”や”ぱっぷHOUSE”による希少部位の第二次革命、”よろにく”による割烹のような肉料理の第三次革命へと続いていくのだ。
革命を起こした名店は何十年経っても錆びつかない。
常に進化を続けている。
寝る間を惜しんで仕込むホルモンはどれも秀逸。
鮮度抜群で、臭みなど微塵も感じられない。
もし知り合いに”スタミナ苑”の常連さんがいるなら、ぜひ常連コースに連れて行ってもらえるようにお願いするのを勧める。
ただでさえ良質なホルモンしか扱わない”スタミナ苑”の仕入れたホルモンの中から、更に最高のものだけが厳選され、様々なアレンジ料理まで食べることができる。
一度食べたらもう我慢することが出来なくなるだろう。

[銀座やまがた屋]
黒船襲来。
“やまがた屋”は焼肉屋なのかステーキ屋なのか。
ただ間違いなく言えることはここでしか食べられない肉があるということ。
どんな部位でも芯の芯しか使わない。
肉は目の前で塊から切り出されるのだが、削りに削って芯以外はバンバン落とされ捨てられる。
食べれるのに勿体無いという意見もあるかもしれないが、1番旨いところ以外は出したくないという店主・山形さんの気概を感じる。
焼きについては、すでに間違いなく牛肉史に名を残すレベルと言われていたが、更に円熟味を増したように感じる。
“北新地やまがた屋”では見ることが出来ない山形さんの焼きも、”銀座やまがた屋”ではライブとして目の前で見ることが出来る。
火力の強い箇所と弱い箇所を使い分け、網をの置き場を変幻自在に操る姿に目は釘づけだ。
味付けに関しても申し分ない。
塩もこれ以上でもこれ以下でもない絶妙な振りで、和牛の脂と向き合った味付けも素晴らしい。
値段だけ見ると安いわけではないが、やまがた劇場の観戦料と考えれば決して高くはない。

[政ちゃん]
全く予約の取れない西の伝説。
気に入らなければお客を怒鳴りつけたり、時には包丁で○○○など、その恐ろしさが取り上げられる政ちゃん。
実際、カウンターの内側は幾度も包丁を打ち付けたせいでギザギザの跡が出来ている。
しかし、政ちゃんを知れば知るほど、その優しさが身に染みる。
全ては「焼肉を美味しく食べてもらいたい」という気持ちの表れなのだ。
また、政ちゃんのお客さんからの愛され方も半端じゃない。
政ちゃんの身体を心配する常連さんの提案で、ここ数年は夏の間お店を休業するというのだ。
そんな信じられないような話も”政ちゃん”で焼肉を食べればすんなりと納得してしまう。

[おさむちゃん]
西の伝説と言えば“政ちゃん”だと思っていたが、それに並ぶ“おさむちゃん”が存在した。
西の伝説の双璧だろう。
僅か3.3坪の店内はカウンター8席のみ。
雌牛のみの正肉や鮮度抜群の内臓は、目の前で塊から手際よくカットされる。
鮮度抜群でマニアなら発狂するようなタンやハラミが当たり前のように出てくる。
素材の凄さだけでなくタレまで旨いとは非の打ちどころがない。
更にお客を楽しませる店主・修ちゃんのプレゼンも最高。
オシャレな空間以外の全てが揃った理想郷だ。
もちろんオシャレな空間など全く求めていない。。。
最後にお会計した時の値段の安さにも閉口してしまう。
これが伝説たる所以だろうか。

[焼肉すどう 春吉]
溢れだすほどの熱意と研鑽された技術を持つ職人は新たな境地に辿り着いていた。
高級食材に頼ることなく、焼肉屋の食材の範疇で作り出される作品。
他店の良いところは貪欲に吸収するが、決して単なる模倣ではない。
オリジナリティもふんだんに溢れている。
何より“くにもと”で7年修行した経験に裏打ちされた最高峰のトラディショナルな焼肉もある。
そして扱われている肉質は全国から厳選されているが、それが驚くほど良心的な値段に提供されている。
全ての肉を焼いてもらえるスタイルのコースがとにかく素晴らしい。

☆【自分だけでこの感動を味わっていいのだろうか】
[肉塾]
2016年、遂に辛さん(弟)の新しい舞台が幕をあけた。
銀座という立地らしくお店の入っているビルも店内もシャレオツで、なんだか”虎の穴”のイメージしかない私には馴れるのに時間がかかる。
スタイルとしては、やはり辛さん(弟)が長年守っていた “虎の穴”に近い部分が多い。
恵比寿とは違い、お客さんの中には銀座らしく同伴のオネエチャンが混じる。
“肉塾”の中だけでは、どんなオネエチャンでも本能の赴くままにかぶりついて欲しいものだ。
もちろん仕入れるホルモン、そして辛さん(弟)自らの火入れは、”虎の穴”時代と同じように拘っている。
ホルモンが食べたい時は”ゆうじ”か”肉塾”かで悩む位だ。
しかし、”虎の穴”時代から見続けているファンからすれば、当時の研ぎ澄まされた感覚にはまだ少し追い付いていないのが正直な感想。
特に料理を美味しく食べる為の『間』、場所柄客層も違っていたり、オープン間もないこともあるので仕方ないのは分かっているが、辛さんだからこそ、辛さんだけにしか作り上げられない研ぎ澄まされた空間をまた見せて欲しい。
圧倒的に旨いがゆえに、欲張りな気持ちが出てしまう。

[生粋]
焼肉を食べる時の不動のスターターであるユッケが食べれなくなって久しいが、最近では厚生省の許可を取って、正式に生肉を提供してくれるお店が増えてきた。
ところが、価格があまりに高額だったり、食味がかなり劣る生肉が存在するのも事実。
そんな中、驚くほど手頃な価格で最高の生肉を食べれるお店が2014年にオープン。
それが南青山の名店"よろにく"の流れをくむ"生粋"。
"生粋"には、前菜から〆、デザートまでついて5千円という信じられないコースが存在する。
今回はそのコースに少し上乗せをしてオーダーしたのだが、最初は5千円のコースで誰もが満足するだろう。
何度も足を運んで、更なる極みを目指したい人はアレンジをお願いしてみるのもいいだろう。

[焼肉酒家 傳々]
これほど人によって好みや評価が分かれるお店は珍しい。
まさに賛否両論。
しかし、”傳々”店主・高矢さんの真髄に一度でも触れれば、その凄みを知ることになる。
肉という素材を通して高矢さんのセンスが随所に光る。
決して最先端ではない。
むしろ最先端でないから良い。
中学生の頃にブラウン管を通して知った、どこか懐かしさを感じゴージャス感。
これが恐ろしく心地よいのだ。
ゴージャスに芸術的な盛り付けがされたお皿の肉はどれもが驚愕の旨さ。
しっかりした肉質とホスピタリティで間違いのない焼肉に出会える。
特にタンとハラミは、都内屈指の仕入れ力ではないだろうか。

[一輪咲いても花は花]
夜のネオンが輝く湯島の路地裏にある”一輪咲いても花は花”、通称”一花”。
店主は“傳々”から独立した井山さん、料理長も”傳々”出身の横関さん。
正肉もホルモンも扱う焼肉屋さんだが、特に推したいのはホルモン。
モノは素晴らしい上に、値段も非常にお手頃。
更に横関さんが日々開発するホルモン料理が抜群に旨い。
TPOで考えるとこんな方には絶対的にオススメ。

[うしごろ]
オープンした当時からどんどんイメージが変わっていく”うしごろ”。
シャレオツな内装でほどよいクオリティの和牛を仕入れ、それをお手頃な価格で食べることが出来るというのが当初のイメージ。
そこから価格帯をワンランク下げたお店や日本酒との組み合わせを楽しむお店、そして鉄板焼きまで、一般のお客さんのニーズを掴んだ展開の凄さを感じながら、一方では私の様な一部のマニアには面白味に欠ける印象があったように感じる。
しかし、銀座店と西麻布店でお任せコースを食べ、その印象は良い意味で大きく裏切られた。
多店舗展開すればするほど落ちると思っていた肉のクオリティは引き上げられ、特に今回食べたコースは田村牛のみで構成され、肉の味とあっさりとしたサシの甘みのバランスが最上級のレベル。
人気店のパクリが多いと言われていたメニューもオリジナリティが増え、その完成度も非常に高い。
肉好きが満足する進化を遂げた”うしごろ”を知らないのは勿体無い。

[SATOブリアン 本店]
店名から分かる通りシャトーブリアンをウリにしていて、店主はもちろん佐藤さん。
厚切りのシャトーブリアンを特製のニンニクバター醤油に潜らせ、熱々のご飯に乗せたブリ飯をはじめ、薄切りのシャトーブリアンはタレの味付けですき焼きの様に焼き上がった後は卵に絡めたり、シャトーブリアンのビフカツを挟んだブリカツサンドなど、シャトーブリアンを多彩な楽しみ方で提供してくれる。
シャトーブリアンをはじめ、市場で品薄になっているタンやハラミを十分な量確保する仕入れ力は素晴らしく、冷凍などせずに良い状態のままお客さんに提供してくれのだから、旨くないはずがない。
一方赤身や霜降りの部位など、シャトーブリアン以外の正肉はやや印象が薄いが、それでも、それら全てを補って余りあるシャトーブリアンという伝家の宝刀があるのが”サトーブリアン”だ。

[コバウ]
まだ肉を見ただけでその肉が旨いかどうかは分からない。
そして肉の情報を知っただけでその肉が旨いかどうかは分からない。
私は食べなければ分からない。
だからこそ2つの要素を大事にする。
1つは生産者。
同じブランド牛でも生産者が違ければ飼料や出荷時の月齢等、何から何まで違う。
拘りを持った生産者は、経験に裏打ちされた目利きで血統を判断し、拘りの肥育方法で仕上げてくる。
もう1つは精肉店
どんなに素晴らしい生産者でもブレはある。
同じ生産者の出荷した個体の中でも最高のものだけを競り落とす業者は存在するのだ。
この2つを実践している数少ない焼肉屋の中の1つが”コバウ”だ。
銀座で旨い和牛が食べたい時、真っ先に思い出すべき名店だ。

[冨味屋]
細い路地裏に所狭しと焼肉屋が軒を連ねる浅草の『焼肉横丁』。
どのお店もこじんまりとしていて、お世辞もオシャレな外観のお店は皆無。
店内では子供たちが宿題をしていたりテレビを観ていたりするお店もあり、昭和にタイムスリップしたかのような感覚を覚える。
そんな激戦区で圧倒的に評価の高いのが”冨味屋”。
肉は切り置きなど一切せず、注文が入ってから1枚1枚手切り、焼肉屋の命であるタレがまた旨い。
派手なパフォーマンスはないが、誠実な仕事ぶりに余計心が惹かれる。
ちなみに、ここは”カルネヤ”の高山さんのご実家でもある。

[好楽園]
南武線
都内在住の方には縁がないだろうが、横浜市に長く住んでいた身としてはめちゃ親近感がわく路線だ。
焼肉好きという視点から見れば南武線は“北京”のテリトリー。
そう、食べ終わる頃には化調で舌が痺れるというあの名店だ。
そんな南武線の矢向にとんでもない焼肉屋が存在した。
50年以上営業しているというお店はお世辞にもキレイとは言えない。
しかし注文したお肉を食べるとその素晴らしさに頭の中が真っ白になる。
お肉もホルモンも冷凍は一切なしで注文が入ってから1枚1枚手切りされる。
最初の1口目はあまりのニンニクの強さに目が覚めるタレだが、2口目からはその旨さの虜になっている。
今まで積み上げてきた私の焼きを全否定するおばちゃんの焼きは必見w
おばちゃんは、焼いた後は食事中の我々の隣で一服し出す破天荒さも持つ。
しかしあまりの焼肉の旨さに、おばちゃんの接客は心地よいスパイスにしか感じられない。
腹一杯食べて1人5000円というのも奇跡。
こんなに素晴らしい焼肉屋があったことを知らなかったなんて。
位置付けとしては神奈川の“金竜山”と言っても過言ではない。

[多平]
人通りもまばらな路地裏に1軒の焼肉屋がたたずんでいる。
11時30分の開店と共に馴染みのお客が入り、各々がいつものお気に入りのメニューを注文し、さっと食べてお店を後にする。
お客は皆、鼻息荒く意気込んでやってくるというより、肩肘張らずに日常の行為として焼肉を楽しんでいる。
そんな”多平”の店主の仕事は生真面目の一言に尽きる。
注文が入るたびに冷蔵庫から取りだした肉を切り、その都度タレに絡める。
何よりそのタレが異常に旨い。
ド派手なインパクトはないのだが、肉の味を後押しするようにグングン舌を押し付ける旨さがある。
こういったタレの旨さからも”多平”の実力が感じられる。

[又三郎]
昨今の牛肉業界ではとにかく熟成肉がもてはやされているいる。
基本的に全く熟成しないフレッシュな状態で牛肉を食べれる機会はほぼなく、程度の差はあれ熟成された牛肉しか食べれないのが現状だ。
熟成肉の定義は非常に曖昧だが、世の中で熟成肉と呼ばれ区別されるのは、熟成特有の香りや味が感じられるほど長期間熟成されたものと言える。
適度な熟成加減は個人の好みに非常に左右されるが、世の中には熟成加減の問題ではなく単なる劣化牛肉の方が圧倒的に多い。
そんなナンチャッテ熟成とは別物の本物と思える熟成肉が食べれるのが”又三郎”だ。
“又三郎”で食べれる熟成肉には、店主・荒井さんの人柄が映し出されている。
過剰なアピールなど一切ない。
ただ荒井さんが旨いと思う熟成肉が等身大で語りかけてくれるのだ。

[徳山]
人口に対する焼肉屋の数が日本一多い街・飯田。
精肉店ではBBQセットが借りられ、各家庭では焼肉用のタレを自作する文化があると聞く。
さすがは生活に焼肉が溶け込んだ焼肉タウンである。
ただし、かつては牛の肥育から屠畜、そして消費まで市内で完結していたのが、現在は市街で屠畜がされている。
その影響だろうか!?
初めての飯田はそこまでの焼肉密集感がなく、むしろ拍子抜けな感じ。
単に人口が少ないだけかと思ってしまうほどで、浅草とか上野の焼肉密集通りと比べてはいけないと反省。
しかし、飯田最強の焼肉屋と言われる”徳山”は噂にたがわぬ凄さ。
タレは甘口か辛口を選べるので辛口をセレクト。
座敷の奥のテーブルに座った我々のロースターにおばちゃんが牛脂を投げ込み、それがスタートの合図。
同時に野菜が運ばれてくるが、これは慌てて食べてはならない。
何故なら食べ終わるとお代わりが自動的に運ばれて来るから。
抜群の鮮度と手間を惜しまない丁寧な仕事。
入れ替わり立ち替わり訪れる常連さん。
街の日常は羨ましくなるほどの焼肉ユートピアだった。